天上の海・掌中の星

    “翠の苑の迷宮の” N 〜闇夜に嗤わらう 漆黒の。U
 



          
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 本来は陰世界の存在だのに、どういう弾みか陽世界へ飛び出したもの。若しくは…そもそもはこちらの住民だが、息絶えてしまい、肉体からも離れてしまい、そこに居続けてはならぬのに浄化される道を辿らず居座ったことで存在が変化してしまったもの。そういった輩が辿り着くのが、自我や理性を失って歪んだ“邪妖”になってしまうことであり、そんな状態の存在は、まず間違いなく暴走し、陽世界を混乱させ、放っておけばその被害は大きくなるばかりと化してしまう。なので、そんなことが起きていると認識出来る者、通常は 陰世界の存在が対処にあたることとなる。それへの対処には色々あって、まずは何とか陰世界へ誘導する。間に合えばそれだけで、各々の世界空間に歪みも生じず、全ては丸く収まってくれるのだが、各々の世界を分ける“境目”はそもそもそう易々とは越えられぬもの。そこを通過出来ぬ身と化していての越せないなら仕方がない、現地にて封印するか浄化する。それが効かないほどもの相手ともなると、残されるのは最終手段のみ。存在を根こそぎ滅ぼす“滅殺”を施すしかなく、だが、本来は陰の世界の存在だのに陽界へ身を置き、尚且つ、そこまでの仕儀を振るうことの出来るものは、上級精霊の中でも“特級”にあたろう限られた顔触れのみ。手をつけられぬほどの規模で暴走を見せている相手への対処ともなりゃ、途轍もない威力の“滅殺”を繰り出せる者が、即断即決、瞬時にして始末をつけねばならず。そうそう頻繁に起きることではないが、だからこそ。数少ないエキスパートらは、自然、彼らのみがそういう事態へあたることとなるせいで、感応力や耐久性、能力そのもののゲインが増すという影響をその身へ刻むことともなる。

 そんな、

  ―― 此処に在るべきではない何物かの、

 不穏な気配を感じ取り、速やかに戦闘態勢に入ったのがゾロならば、陽界の…生身の人間や彼らが身を置く世界への、陰体や影響の更なる“はみ出し”を防ぐべく、特殊結界を張ったのがサンジだ。まずはと、居合わせた人々がこれから起きることを目撃せぬよう、意識封鎖のための催眠の咒を施してから、陽界と陰界とを意識して区切り直す結界を張り巡らせた。これで、ひょんなことからはみ出した存在程度であるのなら、そのままどうぞお帰りと押し返すことも出来、何事も起きなかった…という扱いで済ますことも出来るのだが、

 “そっちもまた、そうもいくまい…な お客さんみてぇだな。”

 そんなこんなの摂理なんぞ、まるきり知らぬだろう一般人を寝かしつけたは、建前から言うと 要らぬ危害を与えぬためだが、滅殺を担当する破邪様に言わせりゃ 邪魔だから。そんな彼が、問答無用の封殺を為すべく“精霊刀”を召喚したほどの手合いが出て来そうな気配がするというのに、
“…あんのグル眉。”
 選りにも選って彼にとっての大事な存在が、本人の意思からとはいえ こっちの結界内に居残っているのがご不満らしい。そんな一瞥を寄越した彼が、それでも恫喝する余裕はないままに身構える。こちらを伺うその気配に、意志の匂いがするからだ。となると、

  “恣意的強襲ってことになんな。”

 事故ではなく偶発でもない、何物かによる自発的障壁突破。無論、巻き込まれてはみ出した何かという可能性がない訳じゃあないが、だったらば、それを引き起こした空間異常の余波が先んじて見られるのが順番だろう。そして、
「…っ、来るぞっ!」
 ゾロが放った怒声は、まだ直接接する前から…その身で飛び掛かっての瞬殺が間に合わぬこと、誰よりも自分で見切れたがゆえの口惜しさや怒りを乗せたそれ。そう、境界のすぐ向こうに迫っていた、途轍もない“圧”をまとった相手は、いかにもの闘気を孕んで待ち受けたゾロではなく、万が一のためにと控えていたサンジの側へと目がけて、飛び出さんとしていたからで。あまりに鋭い気配だったからこそ“合
(ごう)”を越えても届いたそれへ、
「…っ!」
 こちらでも咄嗟の防御反応から、懐ろの中へ囲っていたルフィの小さめの肢体を、その双腕で取り巻いて庇ったサンジだったのだが。

 《 こんなところにいたんだ。》

 衝撃の代わりに届いたのが、誰の姿もないままなのに、すぐの間近という至近から響く声。それへとギョッとしたサンジが すかさずお顔を跳ね上げたのは、超常現象だったからではなくて、
「てめぇっ、こないだの チビすけだなっっ!!」
 春先に彼らをさんざん振り回したところの、とんでもない悪戯坊主なのだと相手を見極めたからに他ならない。今ここで遭遇するだろうという予測があった訳じゃあないが、何せ取り逃がした黒星を久々に頂いた相手だけに、あれからずっと気にかけていたのだが、

 “そんな手合いが、ゾロではなくのこっちを目がけて躍り出て来たということは。”

 あん時は大人しく撤退しやがったが、もしかしてそれって…。

 “この坊主に目ぇつけたからか?”

 とんでもない能力を持つ子供。だのに、天世界のどこも把握してはいない、底知れない存在。先の遭遇のおりは、何かしら、想定外な標的だったような口ぶりでいたようだったから、失敗に終わった仕儀などもうどうでもいいとばかり、大人しく撤退してったものかと思っていたのだが…実はそうではなかったのかも? あの時、誰が飛び込んで来て事態が丸く収まったのか。そこまで見届けた上で引き揚げた彼だったのなら、

 『…ビッグ・トムって知ってる?』

 神出鬼没な、それはそれは大きな質量を持つ生気。名のなきもの、ビッグ・トム。

 『それを、その子たちってば捕まえるか御すか、したいらしくってね。』

 自分たちにはあんまりゾッとしない存在の、Mr.青キジの名を口にしていたなんていう、洒落にならない いわくのある子供たち。ビッグ・トムを何とか手に入れたがってる、恐るべき子供たち。いやな予感がチリチリとうなじを這い上がって来る。それ以上ともなると“象徴”様を連れて来なけりゃならぬほどのランク、特別クラスという上級精霊が二人いても恐れることなく、此処へと意志もて出て来たというのなら…。

 《 邪魔はさせないよ。》

 再びの風籟が立って、わっと目元を覆った彼らが、やはり再び見回した広場には。サンジが施した咒で眠る人々とは別な存在が現れており、


  ―― こんなにも緊迫感のある展開が運べば、
      すわ 途轍もない魔物を召喚しやったかと思うその鼻先へ

 ちょっと、想像してみて下さい。皆さんの胸元くらいは高さのある、ぷるるんとしていて丸々とした青いゼリーが でんと出て来ていたら。アニメ・アニマルっぽい真ん丸な双眸とU字のスマイリーな口元、頂上には小さな小さな王冠つきで。

 「…何だ、こいつら。」
 「スライムキング…。」

 ドラゴンとかメイジなんかは、世界共通のファンタジー用語だから、幾つものゲームへかぶってることも ままあろうけれど。スライムってのは…この“ドラゴン・メイデン”たらいうゲームに出て来てもいいんでしょうかねぇ? といいますか、

 「あっちのは何てんだ?」
 「えと、ファントムホーク。砂漠棲息の四枚翼の鷹だよ?
  あれは“ドラゴン・メイデン”のキャラだけど、
  こっちのトールは“ノース・ファンタジー”のザコキャラで…。」

 そう、そのあんこ玉もどきだけにとどまらず、さっきまでは影も形も無かった連中が。少なくとも数刻前までは見覚えがなかったあれやこれやが、およそ見渡す限りのあちこちにその姿を見せており。着ぐるみの範疇を越えた生々しさの、異形の生き物としか思えぬ輩たち…のみならず、

 「人もいるみたい。」
 「人?」
 「うん。誰かのコスプレなんなら、
  あそこまで二枚目のクレイシスに、女の子がたかってないはずがない。」

 ルフィが視線で示した先、ステージを見上げていた観客の一団が、今は倒れ伏す中にすっくと立ってる誰かさん。

 「つか。俺の咒を受け付けないって時点で、一般人じゃねぇっての。」

 忌々しげな口調で言ったサンジが見やった先に立っていたのは、此処に着いてからも似たようないで立ちの青年を何人か見たところの、なかなかの二枚目剣士さんではあったけれど。これまで見て来た誰よりも、西欧風に目鼻立ちがくっきりとした、精悍な風貌のお人であり。だが、いかにもバタ臭くはない取っつきやすさも同居していて、

 「……何で動かねぇんだろ。」

 良からぬ気配の襲来以降、怖いワケではないけれど つい、サンジのまとった導師服のどこかしら、ぎゅうと握ってしまっているルフィなのは。最初に取り込まれたときは何てことなかった結界の中に、依然として霊的な…若しくは陰属性の、知らない気配が充満していて、ちっとも薄れてくれないのが落ち着けないかららしくって。それでも、頼りになる存在へしがみついてることで、多少は気丈でいられるものか。新たに現れた奇妙な存在についてをそんな風に教えてくれた。それへのお返しってワケでもなかったが、

 「動かねぇのは仕方がねぇさ。」
 「え?」

 ふんと、ちょっぴり荒い鼻息をつくと、
「こいつらは生命体じゃあないからな。此処に居合わせた連中の頭ん中から生まれた想像の産物が、陽体固化で実体を得たってだけだ。」
 俺様が張った結界に便乗しやがってよ…などと、ひとしきり憤懣を吐き出している聖封さん。
「? えっと?」
 漢字が多くて飲み込めないのか、小首を傾げた坊っちゃんへ、

 「だから。」

 んんんっと小さく咳払いしてから、

 「覚えてねぇか?
  この春に、お前がゾロの翼でもって助っ人に飛び込んで来てくれて、
  何とか助かった騒ぎがあったろが。」
 「えっと?」

 ああそうか、この坊や自身はあんま難儀をしとらんかったから、印象に残ってないのかもなと。反応の薄さにコケかけた気持ちを立て直すと、
「あん時に俺らが相手してたのがな、こういう結界の中なんかで陰体…霊体って言った方が分かりやすいんかな? それになってた身の俺らを、勝手に実体がある“陽体”に変えちまった坊主でな。」
 それって特別な呪文が要んのか? おうよ、チョー複雑で難しい“咒”って呪文も要るし、何より素質って次元での問題でもあって、そう簡単に出来ねぇ術なんだ…と。ルフィへの判りやすさを極力優先しての、噛み砕いた説明をしてやれば、

 「あ、それじゃあ、このスライムキングも、あっちのクレイシスも…。」
 「ああ、恐らくは紛いもの。生きてる存在じゃあねぇのさ。」

 サンジが張った結界の中は、言わば一種の亜空間。ルフィのすぐ脇で へなへなと倒れてしまったまま眠っている、女賢者アミルのコスプレをしたお姉さんも、依然としてすぐのお隣にいるように見えても 実は違ってて。こちらは同じ空間ではない…陽界と一線を画した別の次元世界に区切られているのだが。
「こっちとは間近いからか、そんだけとんでもない濃密な思念が渦巻いてるさなかだったからか。向こうで充満していたイメージが、陽体固化した結果だろうよ。」
「…すげぇ。」
 驚いたならそれを全身で表しちゃうほど、感情の面でも瞬発力のあるルフィが…驚きがすぎて言葉にならなかったほどなんだから、とっても物凄いぞ、オタクのイメージ力。
(こらこら)

 「だから、こいつらが掴みかかって来るこたぁない。」

 ただの張りぼて、怖がるほどの脅威じゃあないと告げてやり、驚かしやがってと息をつくサンジへ、

 「でも、向こうのブルームハルトなんか、凄っげぇ二枚目だぞ?」

 こうまでリアルだと単なる張りぼてや壁扱いは出来ないよぉと、ルフィとしてはそう言いたかったらしいのだが。二枚目だぞの方へ反応しちゃったらしい聖封さん、

 「…っ、しゃあねぇんだよ、それはっ。
  此処にお集まりのレイディたちが、
  こうだったら、ううん、きっとこうよって想定してるだろう姿やイメージの、
  最良にして最上のそれが具象化してるワケだからよ。」

 「…そんな怒んなくてもいいだろうよ。」

 お兄さんも複雑なんですよ、ルフィくん。とはいえ、

 「なあ、サンジ。」
 「なんだっ。」
 「ゾロは?」

  「………………え?」

 ルフィがキョロキョロしていたのは、思いがけなくも よりリアルなレイヤーさん大集合の図に、現状を忘れて浮き立っていたからじゃあなく、

 「舞台に居ない。どこにも居ないんだけど。」
 「な…っ。」

 心細げな大きな双眸に見上げて来られて、え?と息を引きつつ見やった壇上には、確かに…さっきまでいたはずの見慣れた緑頭の姿がないではないか。その代わりのように、やはり雄々しい武装で固めた男が立っているだけであり。直前まで進行役を務めていたウサ耳のお姉さんのイメージが生み出したキャラクターかなと思っておれば、

  ―― 重々しい鋲つきの籠手に覆われた手が、
      腰から提げられた大刀の柄へと伸ばされて。

 単なるイメージの陽体化だから、自我も意志もない存在。よって動けるはずがないと、他でもないサンジがそうと断じたばかりだってのに。いかにも禁忌的で荒武者風なその戦士はといえば。随分と堂にいった所作でもって大剣をすらりと引き抜くと、唯一、意志があっての見上げていたこちらへ向けて。鋭角に頬をそぎ落とされた、男臭さと野性味あふれるお顔に据わった尖った眼差し、しっかと定めて堅く固定して下さった。

 「…ルフィ。ありゃあ何てキャラクターなんだ?」
 「俺もさっきから思い出そうとしてんだけどさ。」

 名のある剣士や戦士は、さっきゾロへって持って来てもらったコスプレブックに載ってたのとかも、一通り浚って来たんだのにな。
「ああまでかっちりイメージ出来るほどなら、チョー有名なキャラのはずなのに。」
 何でだろ、ちっとも思い浮かばないんだ。最新版の何かとか、ゲームになってないファンタジーまんがのキャラなのかな。うあどうしようと、結構な逞しさをまとった存在からの“ロックオン”へ、ルフィまでもがうろたえ始めており、


  「……チッ、オリキャラか。」


  もしもし、サンジさん?








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  *筆者は今回のシリーズを
   シリアスに収めるつもりがあるのでしょうか。
(こらこら)